劉平、やっと司馬懿に会えましたね。
司馬懿も荀彧に下級官吏の仕事を貰って皇帝陛下に目通りがかない対面したら、探していた楊平がその皇帝になっていたとは夢にも思わなかったことでしょう。
司馬懿の渋い顔。かなり怒っています。
連絡もしないで、何で、他人に利用されてんじゃ!
というところでしょう。
荀彧の手前、芝居をする司馬懿。
劉平は司馬懿に会えて嬉しいけれど、すぐに司馬懿が怒っていることに気づきます。
このショボンとしたところが可愛い。
でも、皇后からこれから起こるクーデターの成否次第では巻き込むと司馬一族も滅亡しかねないから、距離を置くように言われます。
このクーデターは劉平の兄の劉協の遺勅によるものですが、劉平も考えつくように、仮に都を占拠出来ても、周りは曹操の軍がいっぱい。劉備や孫権など有力な豪族に頼むしかなく、それだと、曹操と何の違いがあろうか。
兄の皇帝にしてみれば、有力な豪族たちの間で上手くバランスをとるのが一番なのでしょう。
今は一方的に曹操の力が強く、皇帝が董承に期待したのは曹操の力を削ぐぐらいが関の山では無いでしょうか。
曹操が袁紹と官渡の戦いで対峙していて、まだ、どちらの勝利か分からない今ぐらいしかチャンスは無かったから。
曹操に取って代わるには董承は小物だから、捨て駒になるのは目に見えていますが、董卓の頃からずっと皇帝とあちこちに流浪して有力者を渡り歩き、曹操に頼るのも董承の手引きによるものだったから彼しか頼る者はいなかったからかも。
または曹操を討つことを前から強く進言していて抑えが効かなくなっていたのかもです。
娘の董貴妃は皇帝の子を孕っていますが、父親が討たれたら庇う力は皇帝には有りません。
自分は無関係だと保身を計らねばならないぐらいの弱い立場です。
皇后、伏寿は父親にいざとなったら伏氏の事も考えよと言われます。漢王朝の劉氏より古い家柄のようです。家柄と言えば、劉氏よりも司馬懿の司馬家も古いですよね。この頃の名家はそういう秦や周王朝の頃からの名族がゴロゴロいました。
こういう一族は大変プライドが高いものです。
共産国家の現代にも続いていて、いわゆる族譜があるような一族は漢民族の中では王族、貴族の誇りを持っています。
先日、10月5日に檀健次のバースデーソロツアーコンサートが南京でありましたが、その時には広東語の歌も幾つか歌われ、中にはロック調のラップのような歌がゲストとともに歌われました。
この時に動画のコメント欄に広東語の歌ではなくて客家語の歌ですよと言うコメントがありました。スクリーンにも歌詞が流れていたので、聞いただけでは歌詞の意味が分からない発音なのが分かりました。
ちょっと調べてみましたが、客家とは近代になってから言われるようになった言葉ですが、意味は古代中国の王朝の王族や貴族が王朝が代わる事にそれぞれの王朝の首都や中原から段々南下しやってきた漢民族の名族のことを言います。
元々いる南部の民族からしたら、北から来た客人の家ということで、客家と言うそうです。
現代での客家の有名人は孫文、鄧小平、リ・クァンユーなどがいます。華僑となって世界中に散らばった一族もいますが、そういう一族は華族と呼ばれています。東南アジアの中国人はそういう人達ですね。それぞれ、支配階級になっています。
古代から続く一族の族譜を大事にして古代中国語の言葉が言語に残っていて、その言葉を客家語と言うそうです。
ですから、三国志で使われていた言葉も、この客家語だったかもです。
日本でも古語は僻地に残ると言われて、地方の方言なんかに古代日本語の発音や言葉が残っているので、なるほどなと思います。
日本に残されている漢詩の方が中国に残る漢詩よりも多く、発音も古代中国語が残っていたりするそうですよ。
そう言う客家が文化を大切に次代に継承してきたから、北方の異民族の王朝時代でも中国の文化や文明が途絶えなかったと言えます。伝統行事の中に獅子舞があると聞いて、日本の正月の獅子舞はこの客家から来た物だろうなと思いました。
南部の方の漢民族こそ、本流であるという意識も有るようです。
三国志のこの時代において、全てにおいて最高の能力者であり、カリスマも備えていた曹操は実力ではレベル違いに他を引き離していましたが、一番のコンプレックスは出自が良くない事でした。
日本の戦国時代の豊臣秀吉みたいですけど、曹操は文人として、漢詩も優れていたし、教養も大変高かったから、その点は違います。
でも、名族だらけの中にあって天下を狙うには皇帝が絶対に必要でした。それも先祖の名声に頼れなかったからです。
自分自身の力に頼まざるを得なかったし、味方も増やすにはそのカリスマ的な魅力に寄らざるを得なかった訳です。
この三国機密はその曹操に利用された側の皇帝の話ですので、この危うい政治的なバランスをいかに取って漢王朝を永らえさせようと試みたかが、描かれ行くと思います。
そして、曹丕とどのような関係を築いて行くのかも。
曹丕ですが、反乱軍に屋敷を攻められて、この門をくぐるものは全て殺せ!と剣を手に戦う姿はかっこよかったですね。
15歳ですよね?
檀健次、撮影時、多分一回りは上ですので殺陣上手すぎます。厚い服を着ててもものともせず敵を倒します。細くて小さく見えますが、身体能力は誰よりも高かったりします。15歳にしては強すぎる。
前にバラエティーの動画でガタイの大きなガッシリ筋肉質の人と綱引きをするのを見ましたが、いかにも華奢で小さい檀健次が、始終優勢で最後はあっさりと勝っていました。向こうはヘロヘロでしたが、檀健次は余裕ありましたね。
見せる用の作った筋肉と、子供の頃から作り上げた超一流アスリートの筋肉の差でしょうか?
体幹も全然違うのは鍛えてきた年数も訓練の質も違うから。
流石中国最高の体育大、北京体育大を飛び級で16歳で入学し、MIC男団でデビューする前に秘密の軍事訓練四年受けただけあります。
殺陣も本当に強そうに見えますもん。実際に強いのでしょう。一撃が軽く無い、本当に殺しに来ている感じです。空手の形の様に一撃必殺なので寸止めしている感じです。
前回視聴した時は、綺麗で可愛い俳優さん、演技も上手いしいいわ〜名前、覚えておこう!程度の認識でした。
何年か経ち、よく知ってからは見どころが増えて、より凄さが見えて2回目の視聴とは言え、結構楽しんでみています。
このドラマの出演者で、今、一番売れているのは檀健次ですので、彼が大ブレイクして、また、このドラマがより多くの人に愛されているのも感慨深いですね。